児童精神科医高岡健の映画評論

児童精神科医の高岡健さんが、子どもや家族を描いた映画について、語ります。

ポーランド映画の精神は死なず:「人間の境界」

Vol.96 更新:2024年6月28日

▼限りなくドキュメンタリーに近いフィクションの形でつくられた作品とでもいうべきか。日本で言えば実録映画に相当するのだろうが、実録と異なるのは、ドラマの展開から作為性を可能な限り削り、代わって記録性を持ち込んでいる点だ。そのためには入念で膨大な事前リサーチが必要だっただろうし、キャスティング(俳優にシリアからの亡命者を起用)や撮影場所の選択(森をモノクロで撮影)に盛り込むリアリティも欠かせなかったはずだ。

▼「人間の境界」(アグニエシュカ・ホランド監督)は、バシール(ジャラル・アルタウィル)ら子ども連れのシリア人家族が、空路をベラルーシへと向かい、そこからポーランドへ越境する場面から始まる。ドイツを経てスウェーデンを目指す彼らにとって、頼るものは事実上、スマホの位置情報だけだ。バシール一家に、アフガニスタンから来た英語を話す女性レイラ(ベヒ・ジャナティ・アタイ)も加わるが、彼らのような難民希望者は、ルカシェンコ(ベラルーシ大統領)にとっては人間の銃弾に過ぎない。つまり、難民希望者をEUへ送り込むことによって、EU内の人種−宗教編成に混乱をもたらそうとする戦略だ。

▼しかし、ベラルーシからEUへの入口に位置するポーランドでは、難民希望者を受け入れず、国境警備隊がトラックへ押し込み暴力的にベラルーシへ送り返す。難民希望者は、国境の手前と向こうを、テニスボールのように行き来させられる。こうして国境の森の中で立往生するバシール一家やレイラたちの前に、活動家グループが支援に現れる。

▼ポーランド政府は国境の森を立ち入り禁止区域にした。活動家たちも例外ではないから、やむをえず彼らは難民希望者に、次のように説明するしかない。難民申請を出すなら支援するが、申請後は劣悪な収容所で待つことになるし、そもそも許可されない可能性が高く、しかも国境警備隊に通知しないといけないので、申請は勧めない。申請が無い場合、食料は届けるにしても、皆さんを森に残すしかない。そういう説明を裏づけるかのように、生命的危機に陥った妊婦のため救急車を要請すると国境警備隊にも通知され、実際にやってくるのは警備隊だけ、という場面も挿入される。

▼ワレサ以降のポーランドでは、右派民族主義の政権が猛威を振るっている。映画のエピローグに描かれた、ウクライナからポーランドへ越境する人たちへの歓迎風景を見るにつけ、二重基準とはこのことかと思い知らされる。だが、ポーランドばかりではない。いま、イギリスは難民希望者をルワンダに強制移送しようとし、日本は改正入管法の施行により申請3回目以降の強制送還を可能にした。

▼なお、「太陽と月に背いて」でも知られる、この映画の監督は、アンジェイ・ワイダに師事していたという。また、映画で活動家グループに途中から加わる精神科医ユリア役のマヤ・オスタシェフスカは、「カティンの森」の主演女優だった。まさにポーランド映画の精神は死なず、である。