理事長より・講演情報

子どもや若者に寄り添い、子どもや若者が地域で安心して暮らすことができる社会の実現を目指し、活動しています。

ご挨拶

 昨年7月に相模原障碍者施設で起きた殺傷事件についての衝撃はとても大きく、今も、人間が生きることの原点を考え続けています。
 2003年から世田谷区の養育支援等ホームヘルパー派遣事業の委託を、2015年から目黒区の子育てパートナー派遣事業の委託を受けて、それぞれに対して協会は子どもへの訪問事業を実施しています。この事業が、さまざまな困難や不安を抱えている家族の中で生活している子どもたちにとって、どれだけの日々の安心を獲得出来て、どれだけ生きていく上での礎になっているかを考えますと、日本全国の予算が手薄な自治体においても、この家庭訪問型の養育支援事業を開始していない自治体は予算化をはかり、開始している自治体は、支援の内容や期間を精査して、本腰を入れて実施していってほしいと願っています。何故なら、児童虐待予防の政策としてこれ程の支援はないからです。子どもにとってひとりになれる空間の中で、子どもとの関係性が築けているワーカーさんに日頃の不安を受けとめてもらえることは、何にもましての安心感が得られ、結果として子どもが生きていく上での原点ともなる「存在感覚」を子どもの内部に根づかせていくことが出来るからです。
 2014年の母子世帯平均年間就労収入は、181万円で、200万円に満たない世帯が6割もあるのが現状です。子どものいる世帯の平均所得は696万円ですので、母子世帯の所得の低さがよく分かります。ひとり親世帯の相対的貧困率は、54.6%と、OECD中、最下位です(2014)。女性の貧困の背景には、もともとの男女の就労形態や賃金格差に加えて、経済の悪化の中で、非正規雇用が拡大したこと、さらに日本の伝統的な家族のあり方やDV等、複合的な要素が加わって、社会的排除を蒙る人々が増加しているのです。
 幼児期や小学生の時期に、どのような家庭環境、どのような親子関係の中で育ってきたかは、実は、その後の子どもの人生に大きな影響を及ぼします。10代に問題化して来る不登校・いじめ・少年事件は、児童虐待とどれも通底しています。シングルマザー・シングルファザー・両親とどのような家族構成であったとしても、その中で子どもは安心して安定して生きていく権利をもっているはずです。しかしながら、さまざまな事情の中で、子どもは不安を抱き続けながら生活しているのが実情です。もちろん、保育園の待機児童の解消は待ったなしに進めて行ってほしい政策ですが、待機児童の問題ばかりが注目を集めて、家族の中で声を上げられずに不安と絶望感の淵にいる子どもたちが大勢いるという現実に、政治家や自治体関係者は目を背けないでいただきたいと願っています。日々の家庭生活の中で子どもが養育支援を受けて「存在感覚」が根づいていけば、ひいては、いじめの加害者・被害者や、少年事件の加害者・被害者に子どもを追い詰めないで済みますし、不登校・ひきこもりの防波堤になっていくかもしれません。現状は、いじめや少年事件、ひきこもりが起きてから、その立ち直りに膨大な予算と時間を掛けています。幼少期から養育支援を手厚く実施することで、少年院や鑑別所等に掛ける費用や、ひきこもり者の就労等に掛ける費用を大幅に削減することが出来ますし、いじめや少年事件、ひきこもった本人にとって、辛い子ども・若者時代を送らなくて済むことになるのです。なかなか家庭の中のことは外からは見えにくいものですが、家庭の場で支援を必要としている子どもたちが貧困の深刻化と共に、実は想像以上に多くなっているのが実感です。社会的養護にまで進まない段階で、自治体が手厚い支援の手を差し伸べることは、日本国民の将来に掛かる喫緊の課題ですし、予算化の最優先項目だと私は考えています。
 2番目に、2015年より東京都の若者社会参加応援事業の登録団体として、協会はユースワーカーを希望する本人のお宅に、ワーカーが訪問する事業を実施しています(事業自体は2000年より実施)。行政は、本人と親御さんが共に高齢化してきたことに伴い、近年、予算を増額してさまざまな対策を講じてきているようです。昨年にも書いていますが、ひきこもりに対する根本的な考え方、即ち、人間は二重存在(『「ある」は、「する」に先行する』D.ウイニコット)であり、本人が社会に出たいと思っていない時に無理やり引きずり出すことについては、却って本人の傷を拡げ、親子関係の悪化を招くだけだと思われます。動かない本人だけを問題視するのではなく、親自身が生きる姿勢を振り返ってみる努力、親子の関係性の見直しや適度な距離の取り方、親自身の幸せな生き方の模索等を親自身が着手し始めると、それに伴って、本人も内部の枯渇したエネルギーが充電され始め、自己癒しが徐々に進んで「ある」が再構築されて行き、やがて自らの道を本人が歩み始めるようになります。従って、今日のひきこもり対策のような、単に就労支援に繋げて行こうとか、こもっている場所を施設に移してプログラムに載ってもらうとかでは、「する」という一面でしか人間存在を理解していないために、こもっている本人をさらに苦しめてしまっています。行政で実施しているひきこもり施策は、そろそろ一度、根本的に検証してみる時期にきているのではないでしょうか。
 最後に、2008年から実施していました東京都の非行少年立ち直り支援「ぴあすぽ」の事業は、この3月で終了致しました。この9年間の少年事件の立ち直り支援の現場で見えてきたことは、少年自身に問題があるが故に彼らは事件を起こしているのではない、ということを再認識出来たことでした。少年は生まれてから過ごしている家族、学校、友人、地域のさまざまな網の目の中で、育み、育まれて成長しています。親の価値観や学校の指導、友だち関係からは大きな影響を受けていますし、また、可塑性も十分に備えています。従って、家族が変わることで少年も変わって行きます。また、地域を変えることで、新たな人々との出会いと、新たな人々から受けとめられることで、少年は変わって行きます。少年事件を起こした少年は、その他の少年とは異なる「特別の」少年ではないということを、私はこの事業を通して再確認させてもらいました。
 私がこの9年間に出会った家庭裁判所の調査官、鑑別所の技官、付添人、少年院の教官、保護観察官、保護司、児童相談所の児童福祉士、福祉課の皆さんは、おひとり、おひとり、全力を尽くして少年の立ち直りに向き合っていらっしゃいました。そして、ソーシャルワーカーがソーシャルワーカーとして担う役割への期待と信頼を、彼らからその場、その場において全身で感じておりました。まさしく多機関、多職種の協働を実感させていただいておりました。そして、今後益々、少年の立ち直り支援においては、ソーシャルワーカーが担うべき役割は増していくだろうと考えております。
 具体的には、逮捕後の留置所・鑑別所での少年との出会いは大切です。特に鑑別所の空間の中で、自分を見つめ自分との対話に終始している時に、即ち今まで生きてきた自身の人生を振り返るという時期に少年と出会えることがソーシャルワーカーには大切です。少年は、今までの家族関係、仲間関係、今後の進路を熟慮していく中で、自ずとどうして行かなければならないか、どうして行きたいか、が見えて来るのです。鑑別所で少年と話し合いを深める中で、審判に提出するソーシャルワーカーの意見書も出来上がって行きます。家裁の審判時に意見を述べることも増えて来ました。その結果、保護観察や試験観察の遵守事項も自ずと決まって来ます。という訳で、ソーシャルワーカーは、少年と共に歩んでいくことが出来、結果として少年の立ち直り支援のお手伝いに関わることが出来て行くのです。
 2017年4月からは、少年の立ち直り支援は、協会の独自事業として有料となってしまいましたが、継続して実施して行きたいと考えています。また、今年度は、この1年間を通して協会の事業の見直しを諮って行けたらと考えています。

2017年7月

特定非営利活動法人
日本子どもソーシャルワーク協会
理事長 寺出壽美子

理事長 講演情報

当協会の理事長は、皆様からのご依頼を受けての講演・研修活動も行っております。 講師のご依頼は「講師依頼」ボタンをクリックして表示される画面を印刷し、必要事項をご記入の上、当協会までご連絡ください。

理事長講演とは別に、協会ではさまざまな講座やシンポジウムなども開催しています。詳しくは、講座・シンポジウムをご覧ください。

理事長

理事長 寺出 壽美子
プロフィール

  • ソーシャルワーカー NPO法人日本子どもソーシャルワーク協会理事長
  • 日本子ども虐待防止学会会員
  • 東京都子供・若者支援協議会代表者会議委員
  • 東京都次世代育成支援行動計画懇談会委員
  • 豊島区青少年問題協議会委員
  • 前東邦大学薬学部非常勤講師
  • 前児童養護施設施設長
  • 元府中市と新宿区の子ども家庭支援センタースーパーバイザー

1970年、慶應義塾大学文学部社会心理教育学科卒業。
高校の教員、子どもの本屋店長、不登校児童も含めた学習塾代表等を歴任。
虐待、いじめ、不登校・ひきこもり、家庭内暴力、 薬物、少年事件、嗜癖、摂食障がいなど、多岐にわたる子どもとその親への面接相談や、支援に関わっている。不登校・ひきこもり等の子ども・若者への「ユースワーカー」派遣や子ども・親を支える「ケアワーカー」派遣、少年事件の少年への支援「ぴあすぽ」を担当。

<共著>
「家庭訪問型子育て支援ハンドブック」(明石書店)
「養育事典」(明石書店)(2014年7月発売)
「いじめ、いま親にできること」(木馬書館)

<調査研究>
「ひとり親家庭ホームヘルプサービス事業に関する支援状況の調査報告書」(2006)