児童精神科医高岡健の映画評論

児童精神科医の高岡健さんが、子どもや家族を描いた映画について、語ります。

こういう人がいるといいなあ:「銀平町シネマブルース」

Vol.80 更新:2023年2月26日

▼「銀平町シネマブルース」(城定秀夫監督)には、月に2回かならず映画を観ることに決めているホームレスの佐藤(宇野祥平)が登場する。そこで観客は、こういう人がいるといいなあと思ってしまう。映画を観終わった後、城定監督と脚本のいまおかしんじとの対談を読むと、地方での舞台挨拶時に缶酎ハイを片手に上記のように話しかけてきたホームレスの人が、実際にいたという。ちなみに、私はホームレス経験のない勤め人に過ぎないが、月に3回以上、映画館に通うよう自らノルマを課しているので、親近感が湧いて楽しくなる。

▼さて、この作品の冒頭、近藤猛(小出恵介)は公園で佐藤から、映画のフライヤーを50円で売りつけられる。待ち合わせをした木村から金を借りられなかった近藤は、生活保護ブローカーに声をかけられるが、怪しいと思い断る。そのとき出会った、つぶれそうな映画館主の梶原のところでアルバイトをはじめた近藤は、実は気鋭のホラー映画監督だった。しかし、助監督の高杉が自殺して以来、映画が撮れず、借金がかさんでいた――。

▼スカラ座という架空のミニシアター(撮影は私も覗いたことのある川越スカラ座だという)を舞台にしたこの群像劇には、佐藤や近藤や木村や梶原の他にも、こういう人がいるといいなあと思わせる人たちが登場する。年配だが矍鑠としてダンスも習っている映写技師の谷口、宣伝のため着ぐるみを被せられる役者の渡辺などだ。しかも、各人物が、「こういう人がいるといいなあ」という感想だけではなく、「きっといるに違いない」という淡い確信めいたものをもたらすつくりになっている。中でも、近藤と離婚した元女優の一果の娘ハルが、久しぶりに会った父近藤との別れ際に駆け寄ってハグをするシーン、そしてそれを見る一果の呆れたようで嬉しそうな表情は観客の目に焼きつく。

▼泣けるシーンもあれば、コミカルで印象に残るシーンもある。前者でいえば、死んだ高杉の母が、メイキングフィルムの中の高杉を観て涙ぐむシーン。後者でいえば、登場する男性が次々と女性からふられるシーン。たとえば、近藤は一果に今つきあっている人はいるかと尋ね、「いるよ、当然じゃない」と返される。梶原も元カノにもう一度つきあわないかと話しかけるも、「ダメに決まってるでしょ」と断られる。さらに、映画好きの男子中学生川本がハルに彼氏はいるかと尋ねたが、「いるよ、三人」といなされる。ただし、売れない役者の渡辺だけは、メガネをかけた映画館のアルバイトの美久に手紙(!)を渡してつきあってくれと頼んだところ、「いいですよ」と返事をもらい喜ぶ。ピンク映画の頃から、城定作品では常にメガネの女性が欠かせない役割を占めていて、それはこの映画でも変わらない。

▼なお、この作品には劇中映画も含まれているが、他に「カサブランカ」からの引用もある。昔、英語の勉強を兼ねたつもりで、スクリプトの対訳を読みながら繰り返し観たことを、私はなつかしく思い出す。「銀平町・・・」では、佐藤が、映画館のもう一人のアルバイトであるエリカに「君の瞳に乾杯」と語りかけ、「?」という反応が戻ることになっている。