児童精神科医高岡健の映画評論

児童精神科医の高岡健さんが、子どもや家族を描いた映画について、語ります。

ボクシング映画に外れなし:「AKAI」(+2022年ベスト5)

Vol.78 更新:2022年12月05日

▼かつて見た阪本順治監督のデビュー作「どついたるねん」は、ボクサー赤井英和(映画では安達)が、大和田正春(映画では友田)戦でのKO負けの後に、四回戦ボーイから再起をめざす映画だった。この映画で安達を演じていたのは赤井英和自身だったが、今回、その赤井が、息子の赤井英五郎監督の手により、ドキュメンタリー作品「AKAI」となって、スクリーンに登場した。

▼「AKAI」の冒頭の手術シーンは、「どついたるねん」からの直接引用だ。また、「AKAI」の終盤に挿入されている、背広姿の大和田正春が登場するシーンも、同じく直接引用だ。引用ばかりではない。「小さなジムの四畳半みたいリング」「四回戦に音楽なんかあらへんよ」といった科白や、頭部手術後の禿を帽子で覆うシーンなどは、「どつたるねん」へのオマージュとして描かれている。これらの引用やオマージュは、「どついたるねん」を観た聴衆の記憶を喚起し、間違いなく「AKAI」に歴史性を与えた。同時に、「AKAI」にはサービス精神も込められていて、若き赤井がリハビリ病院のアルバイト助手(?)として、老人女性を背負うシーンなどは、言うまでもなく、引っ越し会社のテレビCMを想起させるように撮られている。

▼その反対もある。「AKAI」に記録映像で登場する名トレーナーのエディ・タウンゼントは、負けたときこそ本当の味方かどうかがわかる、ただちやほやしていただけの人は去っていくという内容を赤井に忠告していたが、この言葉に対応するものは、「どついたるねん」では美川憲一の「この町はみんなあんたの味方だった、でも今は違う、味方はあたしだけよ」という科白だ。阪本順治はエディさんが赤井に語った言葉を知っていたからこそ、この科白を「どついたるねん」の脚本に入れ込んだことが、「AKAI」を観て初めてわかった。

▼では、実際に敗戦後の赤井に味方はいなかったのか。むしろ大勢いたことが、「AKAI」を観るとよくわかる。たぶん大阪のテイストなのだろうが、よどみなく話しながら途中で配慮し修正を加えていく赤井の話法は、近所の人々に対しても取材記者に対しても一貫している。それが、周囲が皆、味方でありつづけた理由の一つなのだろう。

▼「どついたるねん」と「AKI」との関係は、そのまま赤井英和と英五郎監督との関係でもある。英五郎監督は中学から大学までをアメリカで過ごしていたというから、それが現在の父子間における適切な距離感をもたらしたのかもしれないが、もともとの親子間の信頼がなければこういう映画は生まれなかっただろう。(ただ、蛇足だが、赤井の世界タイトル戦敗北後の失踪をめぐる事情も解明してほしかった。)やはり、ボクシング映画に外れはない。

▼少し早いかも知れないが、本欄で取りあげなかった映画のうち2022年のベスト5を、例によって座興で記す。何といっても「夜明けまでバス停で」。以下、順不同で「バビ・ヤール」「逆光」「ちょっと思い出しただけ」「大怪獣のあとしまつ」。