児童精神科医高岡健の映画評論

児童精神科医の高岡健さんが、子どもや家族を描いた映画について、語ります。

魅力的な子どもたちの場所と横顔:「ゆめパのじかん」

Vol.75 更新:2022年7月28日

▼日本子どもソーシャルワーク協会とつながりのある人たちなら、「川崎市子ども夢パーク(ゆめパ)」の中にある「フリースペースえん」については、お馴染みかもしれない。ドキュメンタリー映画「ゆめパのじかん」(重江良樹監督)は、リクトという少年が、ゆめパの一角で蟻とバッタを戦わせ「かっこよい」と呟くシーンから始まる。そして、泥遊びに興じる親子に続き、元所長の西野博之が現れ「3千坪の工場跡地に作ったのが子ども夢パークです。」「道具は全部手作りです。」「できるだけ大人は手だし口出ししない。」と語る。

▼映画は、次第に「ゆめパ」内の「えん」へ移っていく。「えん」は、学校へ行っていない子どもたちや、定時制・通信制などの高校に通う子、たまに学校に行く子など、障害の有無や年齢・国籍に関係なく、登録すれば誰でも通える場だ。西野によると、「今までは学校へ行って当たり前と言ってた時代に、学校へ行かなくても多様に学べるよって周りの大人は言ってくれるようになったけど、学校に行かない生き方の中で、子どもも親も身悶えしながら、自分なりの生き方を探している」のだという――。

▼たしかに、少なくともここ十数年のあいだで、不登校に対する大人の認識は、確実に変わってきていると思う。たとえば、私の診察室にも不登校の親子が通ってくるが、どうしても学校へ戻らないといけないと考えている人は、ごく少数になった。戻らないといけないと考えているのは、田舎の秀才としての人生しか経験していない医師と教師くらいになってきた、と言い換えてもよい。だが、当の不登校の子どもは、学校から離れた生き方に最初から馴染んでいるわけではない。直接的には視えにくくとも、彼らの中には心の戦いがある。

▼そういう子どもたちにとって、新型コロナ状況による休校などは何の問題でもないはずだ。では、フリースペースはどうか。西野たちは「えん」を閉めない道を選んだ。この話は、映画になる前から、子どもに関係する業界では有名だった。いわば逆張りの思想なのだろう。英断だったと思う。

▼さて、映画の中盤からは、サワ(15歳)とミドリ(11歳)という魅力的な2人の少女が登場する。2人を含め、多くの子どもたちは「こどもゆめ横丁」というイベントのために会議を開き、一から準備を進める。子どもたちは。木材を使って店を設営していくが、サワ以外は、それほど手先が器用ではない。

▼イベントは成功した。サワは、宮大工を目指すが、ダメだったら「ある程度名の通った大学」へ行くかどうか悩む。やや早口で語り表現力の豊かなサワを見ると、カメラはどうしても彼女に焦点をあてつづけたくなるだろう。だが、監督は、リクトや他の子どもたちの姿を最後に再び描きだす。どの被写体にも横顔が多く用いられているが、そこから少しだけ斜めに顔を向ける映像が印象に残る。(なお、音楽とナレーションを担当した児玉奈央の記事が、二〇二二年七月八日「毎日」夕刊に掲載されている。)