児童精神科医高岡健の映画評論

児童精神科医の高岡健さんが、子どもや家族を描いた映画について、語ります。

もう一つの五月革命:「5月の花嫁学校」

Vol.64 更新:2021年6月16日

▼ヒラリー・クリントンの卒業校だという名門女子大を舞台にした映画を、十数年前だったと思うが、観たことがある。良妻賢母教育が当然のように行われていた旧き日の、アメリカの女子大生たちがジャクソン・ポロックの絵画に驚く、真面目な(?)作品だった。それに対して、「5月の花嫁学校」(マルタン・プロヴォ監督)は、名門女子大どころか、フランスの片田舎にある家政学校が舞台になったコメディだ。

▼ちなみに、家政学校とは、多くは貧しい農村出身の若い少女たちに対し、良妻賢母教育を施すことによって、卒業後に家政婦として働いたり、場合によっては「玉の輿」に乗ったりできるようにするための、学校だったという。(「だった」というのは、この映画が時代として設定している1960年代後半には、入学者数がすでに減少に直面していて、1970年代を目前にする頃には皆無になっていたという事実を指している。)彼女たちのあいだには、寺山修司が歌に詠んだ時代の日本でもあるかのように、海を見たことさえない者が少なくなく、映画の中でもそういう科白が使われている。

▼アルザス地方のヴァン・デル・ベック家政学校では、「何よりもまず夫に付き従うこと」「家事を完璧にこなし不平不満を言わない」「常に倹約を意識して無駄遣いせず家計をしっかり管理する」「家族全員の健康管理に責任を持つ」「2日連続して同じ服を着ない、お洒落に気を遣い愛嬌を振り撒くこと」「お酒は飲まない」「夜のお勤めも大事な仕事」という7箇条を、良き妻の鉄則として掲げていた。そこへ1967年に入学した18人の少女たちは、反発しながらも従うしかなかった。

▼一方で女性校長のポーレット(ジュリエット・ピノシュ)は、夫が競馬で莫大な借金をつくったまま突然死したため銀行に駆け込んだところ、かつての恋人だったアンドレ(エドゥアール・ベール)と再会する。経営学の勉強を始めたポーレットは、自分は旧時代の男性と違って料理もできると言いつつ告白するアンドレに対し、シュトゥルーデルのレシピ(独墺圏に近いからか)を答えさせる。生徒の自殺未遂などもあって、目覚めた教師陣と生徒たちは揃って、旧弊を打ち破るべく、五月革命が始まろうとするパリをマイクロバスで目指す。ちなみに修道服でバスを運転するのは学校のシスターで、彼女は銃の扱いもうまい――。

▼ところで、五月革命の情景そのものは映像には現れず、ただラジオニュースの音声で勃発がわかるだけだ。アルザスの田舎からはパリのカルチェ・ラタンは視えないが、しかし直接には視えなくとも、革命の波は確実にアルザス地方にまで届いている。パリへ向かう途中で渋滞に巻き込まれた教師陣と生徒たちは、共にバスを捨てて歩きだす。このとき、映画は突如としてミュージカル仕立てに変わるが、ここのところはうまく笑いをとっているだけでなく、祝祭としての革命という雰囲気によくマッチしていると思う。いいかえるなら、もう一つの五月革命が、好意的な笑いを伴って描かれている。