児童精神科医高岡健の映画評論

児童精神科医の高岡健さんが、子どもや家族を描いた映画について、語ります。

体験の世代間伝達に伴う時空の交錯:「コントラ」

Vol.63 更新:2021年5月20日

▼祖父が孫娘に対し、生前に伝えておきたかった体験がある。逆に、孫娘が祖父から、どうしても聞いておきたかった体験がある。両者が交叉した時、たとえ祖父の死後であっても、その体験が何であったかを解明しない限り、孫娘は未来へと向かうことができない。それが戦争の体験であってみれば、なおさらだ。

▼在日インド人のアンシュル・チョウハン監督による全編モノクロの「コントラ」は、祖父が軍歌「異国の丘」を口ずさみながら急死するところから始まる。高校生の孫娘ソラ(円井わん)は、祖父の遺した飛行帽とゴーグル、そして精緻な絵が描き込まれた戦争日記を発見する。しかし、信頼していない父親(山田太一)には言えないまま、日記を手掛かりに、遺品が埋められているらしい山の中を一人で掘り続けるが、見つけられない。

▼平行して、後ろ向きに歩く男(間瀬英正)が登場する。その後ろ歩き男を飲酒運転の父親が撥ねる。父親は放置しようとするが、ソラは男を自宅へ連れて帰り介抱する。男はいったん父親により追い出されるが、ソラは男を連れ戻し、少しずつ交流が進む。(後ろ歩き男の寓意は、映画の進行につれて次第に明らかになる。そして、男がソラの似顔絵を描くとともに、終盤近くで前に歩きはじめると、観客の誰もが理解しうるようになる。)

▼後ろ歩き男は時間の交錯を象徴している。同時に、彼は空間の交錯の象徴でもある。素手で食べるし、言葉を理解しているかどうかも不明で、日本以外の場所から来たことを思わせるからだ。(もっとも、素手といっても何故か右手ではなく左手で食べ、言葉を発しないといっても質問に対し頷いたり首を横に振ったりすることはあるのだが。)

▼このような時間や空間の交錯の一方で、父親が工場や簗(やな)を従兄に取り上げられたという過去や、さらには現在の住居までをも奪われそうになったり、果ては祖父の遺品が埋められているらしい場所に先回りされ横取りされそうになったりといった、俗世間的エピソードも挟み込まれている。加えて、岐阜県の中でも田舎に属する関市武芸川町の風景は、上述した時空の交錯を、うまく味付けていると思う。

▼というわけで、掛け値なしの秀作なのだが、細部ではちょっと私などには理解がついていきにくい箇所が、ないわけではない。後ろ歩き男の服が汚れ破れているのに、頭髪や髭が伸び放題とは言えない点などは愛嬌としても、たとえば、父親が男に対してソラの行方を問詰めた直後、男が何も喋らないのに山の中にソラがいるものとして探しに向かうシーン。また、飛行帽が遺されているところからみて祖父は航空兵だったはずだが、三八式歩兵銃のようなライフルが遺品になっている。搭乗する航空機がなくなり、代わりに持たされたのか。

▼とくに後者は、ソラが戦闘機用ゴーグルを着用し背中に歩兵銃を掛けて自転車を全速力で漕ぐラスト近くの場面と不可分だ。この場面はゴーグルと歩兵銃が不調和な感じを与え、観終わったあとで違和感が少しだけ湧いてきた。たぶん私の観方が悪かったのだろう。