端正なドキュメンタリー:「精神0」
Vol.55 更新:2020年5月12日
▼以前にも、どこかで書いたことがあるかもしれないが、仕事(精神医療)に関連する映画は、なるべく観ないようにしている。どうしても精神現象や治療のリアリティといった枝葉末節に眼がいってしまい、作品自体を愉しめないからだ。それでも前作「精神」に続いて、「精神0」(想田和弘監督)も観ることになった。
▼「観ることになった」という言い方は、いかにも変だが、前作を同業者にすすめられて観たから惰性で、という意味ではない。新型コロナウィルス・パンデミックのために、ほとんどすべての映画館が休館となる中で、「仮設の映画館」という方法論に興味を惹かれて観たという意味だ。インターネットで作品名をクリックすると、北は札幌のシアターキノ、南は那覇の桜坂劇場というように、私も出張の合間に足を運んだことのある映画館の名前が並ぶ。そこから一つの劇場を選び、料金をクレジットカードで支払うと、金額の半分がその劇場に回る仕組みになっている。私は、名古屋のシネマテークを選んだ。苦肉の策であるにせよ、良い方法だろう。もちろん、感染症の蔓延が終わったら、ぜひ劇場へ足を運び、大きなスクリーンで鑑賞してくれ、というメッセージも流されている。
▼さて、作品だが、前作と同じく、一言でいうなら、とにかく端正なドキュメンタリー映画だ。岡山のレジェントというべき老精神科医(コラール岡山の山本昌知医師)が、引退をひかえている。患者たちは、多かれ少なかれ、これからの通院について心配をする。「(引退しても)電話は活きている」「(引き継ぐ予定の)藤田先生」といった言葉が、山本医師と患者とのあいだで交わされる。
▼映画の後半では、山本医師の妻=芳子の、認知症を患っている姿が映し出される。学生時代は常に成績が一番だった芳子は、同級生の山本が、自分よりも勉強が出来なかったことを、うっすらとだが覚えている。山本医師との結婚後は診療所を手伝い、一方、診療以外では岡三証券で株を売買するという楽しみも持っていた。芳子の認知症の発症に気づいたころ、山本医師は、スペインやラスベガスへ彼女を旅行に連れて行った。しかし、当然にも芳子は覚えていないのだから、自分(山本医師)も考えが足りなかったと語る――。
▼間違いなく、山本医師は、妻やスタッフがつくるネットワークに依拠して、仕事を展開していたことがわかる。そして、患者たちも、山本医師を、逆に支えていることがわかる映画だ。だからこそ、「端正」という言葉が似つかわしい。
▼最後に、話はずれるが、新型コロナウィルス・パンデミックの状況下での工夫として、「シネマ・ディスカバリーズ」内に、「ミニシアター支援特設ページ」というサイトを見つけた。故若松孝二の立ち上げた劇場で制作された作品を配信する、「シネマスコーレ・オンラインシアター」がそれだ。T作品500円で視聴すると、手数料を除いた全額が、劇場に還元されるのだという。とにかく単館系劇場は、なりふりかまわず、生き延びてほしい。