社会派娯楽映画は死なず:「新聞記者」
Vol.48 更新:2019年7月2日
▼新聞社が登場する近年の社会派娯楽映画といえば、日本では「沈まぬ太陽」、アメリカだと「ペンタゴン・ペーパーズ」あたりが、たいてい真っ先に思い浮かぶだろう。権力と闘うジャーナリズムという構図が絶対条件としてあるから、観客は、その構図によって、一定のカタルシスを味わうことができる。「新聞記者」(藤井道人監督)も、その一つに位置づけられる映画だ。
▼この映画は、いうまでもなく東京新聞の望月衣塑子記者が著した、同名の新書が原案だ。映画では、東都新聞という名になっている新聞社の社会部に、医療系大学の新設をめぐる匿名のファクスが送信されてきたことから、女性記者=吉岡(シム・ウンギョン)は取材を開始する。一方、内閣情報調査室の若手エリート=杉原(松坂桃李)は、上司から揉み消しを指示される。その過程で、吉岡の取材した神崎という人物が自殺する。神崎は、杉原のかつての上司だった。神崎は、新設予定の医療系大学の目的が、ある兵器の開発にあることを知っていた――。
▼映画の背景には、ほんものの望月記者が出演するテレビ討論番組が流れている。つまり、原案の新書とは別仕立てであることがわかるようにつくってあるのだが、それでもつい、原案と較べてみたくなる。共通点は、女性記者の亡父が、一本筋の通った人物だったらしいこと。(原案では学生運動出身の業界紙記者、映画では不正融資事件の誤報―おそらくはでっちあげ―を理由に自殺へ追い込まれた国際派記者。)また、小さく見えても大事な共通点として、取材−編集−印刷にとどまらず、配達までのプロセスが描かれていること。(原案には、新入社員研修で販売所に住み込む様子が記されている。)
▼違いは、官房長官との定例記者会見のシーンが登場しないこと。(入れてほしかったが。)また、映画の記者には子どもがいないこと。(原案では小さな子どもがいて、多忙な記者が帰宅できない夜は、記者の母が世話のために泊まる。一方、映画で母に世話を頼むのは、杉原の妻だ。)それから、小さな違いとしては、原案での記者はノートを用いているのに、映画では手帳を用いていること。(ほんものの記者はみんな大学ノートを縦に二つ折りにして使っていると思う。少なくとも私は、手帳を使っている記者を見たことがない。)
▼定例記者会見のシーンはなくとも、映画には加計問題ばかりでなく、首相の提灯持ちのジャーナリストによるレイプ事件揉み消しなど、旬のエピソードが満載だ。最後のシーンは、やや思わせぶりにつくりすぎている気がするが、それでも全体の後味は悪くない。社会派娯楽映画は死なず、といったところか。
▼閑話休題。吉岡記者の私宅と思われる部屋は、いかにもという感じのモノトーンで撮影されていて、スタイリッシュだった。社会派記者も、物心両面で裕福な家庭に育ったことがわかるようなつくりになっている。これはこれで、印象に残る画面だと思う。