児童精神科医高岡健の映画評論

児童精神科医の高岡健さんが、子どもや家族を描いた映画について、語ります。

ビジネス書からローカル線映画へ:「えちてつ物語」

Vol.43 更新:2018年12月25日

▼「ローカル線映画」という言葉があるかどうか知らないが、そういうジャンルがあることに、異論はないだろう。なんらかの形で実際の地方鉄道が主題に据えられていること、観光に寄与しうるほどに沿線の風物が描かれていること、ほのぼのとしたドラマで色づけされていること――さしあたり、これら三つが、ローカル線映画を定義するための条件といってよい。もう少し、付け加えることもできる。あくまで鉄道が主題だから、風物もドラマも(したがって俳優も)、鉄道それ自体を上回るインパクトが、あってはならない。

▼これらの条件の下で、凡庸でない作品を創りあげようとすると、意外に難しいことは想像がつく。どうしても、通り一遍の宣伝映画になりがちな水準から、いかに脱出させるかに、心を砕かねばならないからだ。しかし、過去に本映評シリーズでもとりあげた「ロマンス」(小田急)のように、その水準から脱出した作品もある。

▼「えちてつ物語」(児玉宜久監督)もまた、脱出に成功した作品といってよい。夢破れて故郷へ戻ったいづみ(横澤夏子)は、友人の結婚披露宴で粗相をした。そのときハンカチを借りた男性は、えちぜん鉄道(えちてつ)の社長だった。社長からえちてつのアテンダントにスカウトされたいづみは、失敗を繰り返しながら仕事を覚えていく。なお、描かれる名所・風物は、定番の東尋坊、丸岡城、勝山の左義長等々。そこに、血のつながらない兄(緒形直人)や、元芸者(松原智恵子)などのエピソードが絡まる――。

▼ところで、この映画には、原作(ではなく原案となっていたが)がある。『ローカル線ガールズ』(メディアファクトリー)という本で、どうもビジネス書に分類されるらしい。2000年と2001年に連続して起こった(というよりも起きるべくして起きた)正面衝突事故により廃止された京福電鉄の後を受けて、第三セクターとして誕生したえちてつの「十年スキーム」が、この本には明記されている。「利益を出そうと焦らないでね。十年かけて、ゆっくり結果をだしてくれればいいからね」というものが、十年スキームだそうだ。

▼とにかくコストカット(首切り)で利潤を確保するだけなら、日産のゴーンにだって出来る。そうではなく、税金を投入する以上、コストよりももっと大切なものがあるはずだ。こういう経営哲学がなければ、アテンダントの導入という新発想も生まれなかっただろう。

▼えちてつには、私も乗ったことがある。正確にいえば、恐竜とえちてつの2つを目的に、福井へ旅行に出かけたことがある。そのためもあって、なつかしさのこみあげる映画だった。なお、主演の横澤夏子は、BSテレ東の番組でも、えちてつ三国芦原線に乗っていた。すっかり、えちてつの顔として定着したのではないか。

▼最後に、付録として、私の観た範囲での、主観による2018年のベストファイブ(本映評シリーズでとりあげたもの以外)を記しておく。順不同で、「羊の木」「SUKITA」「海を駆ける」「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ・アディオス」「バグダッド・スキャンダル」。