重要な位置を占めていたのが意外にも頭部像:「モディリアーニ!」
Vol.114 更新:2026年3月14日
▼私が高校に入学したばかりの頃だったと思うが、美術教師が「今の大学生(ということは当時の私よりもわずか数歳年上というだけ)に最も好きな画家の名を尋ねるとモディリアーニという答えが返ってくる」と話していた記憶がある。背伸びして現代美術の方が高級だと思い込んでいた私などにとっては、あまり腑に落ちる話ではなかったし、それは美術館の常設展で本物を観るようになってもかわらず、ただこの画家の実人生におけるエピソードが多少の興味を惹いただけだった。
▼ある本の年譜によると、1911年から1913年後半にかけて、モディリアーニは集中的に彫刻作品を制作していたという。塑像ではなく直彫りによるものだ。ジョニー・デップが約30年ぶりに監督に復帰したと話題だった映画『モディリアーニ!』で重要な位置を占めていたのが絵画作品ではなく、意外にも未完の頭部像だったのには驚いた。
▼1916年のパリで、売れないユダヤ人画家でありアルコール依存のモディリアーニ(リッカルド・スカマルチョ=写真で見るモディリアーニの顔と結構よく似ていた)は、店のステンドグラスを割るなどの大立ち回りのため、警察に追われる。彼は錯乱し悪夢にうなされ、恋人ベアトリスに介抱される。盟友ユトリロは軍に志願すると言い始め、スーチンは牛の死骸(吊るされた牛肉)を部屋へ持ち込み異臭をまきちらす。モディリアーニは故郷のイタリア・リヴォルノへ帰る前に、コレクターのガニャ(アル・パチーノ)に絵を売り込みにいったが、絵に命がないといわれてしまう。一方で、鞄に入れてあった頭部像を見たガニャは、この彫刻作品なら高額で買うと言うが、モディリアニは断固として拒否する。その顛末をベアトリスに話した末に口論になり、モディリアニは彫刻を川へ投げ込んでしまう――。
▼このような、わずか3日間の出来事に、少年期の回想が特に説明なく挟み込まれたり、古いモノクロフィルムが引用され、単調なエピソードの羅列に堕することのないよう工夫が施されている。それだけではない。この映画には、同棲していた詩人で美術批評家のベアトリス・ヘイスティングのみが描かれ、モディリアーニの死後に妊娠8か月で投身自殺したジャンヌ・エビュテルヌは全く登場しない。そのあたりも、この映画がいわゆる伝記映画とは一線を画していることの反映であろう。
▼ところで、古典映画といっていいであろう「モンパルナスの灯」(今も時に劇場でも上映されるようだが、残念ながら私はDVDで観ただけ)は、ベアトリスとは対比的に清楚なジャンヌを描いていた。ちなみに、ユトリロやスーチンの姿はなく、絵画作品はふんだんに画面に挟み込まれていたのに彫刻は皆無だった。このような古典名画からの軽やかな離陸は、「モディリアーニ!」の監督の手腕ゆえか脚本家の才覚ゆえなのか、多分その両方によるものだろう。




