労働者階級の12歳の夢:「バード」
Vol.110 更新:2025年10月17日
▼イングランドの労働者階級が住む劣悪な公営住宅で、父親および異母兄と暮らす12歳の少女ベイリー(ニキヤ・アダムズ)は、映画の序盤で初潮を迎える。つまり、前思春期から思春期へ移行する境目ということだが、その数日間に少女が考え行動したことによって出現した年齢固有の夢(ファンタジー)を描いた作品が、この映画「バード」(アンドレア・アーノルド監督)だ。
▼ベイリーの趣味――といえる程のものかはともかく――は、スマホで鳥を撮影することだった。ちなみに、バードウォッチングは、トレインスポッティングと並んで、最も退屈な趣味とされているが、ベイリーは草むらに潜み双眼鏡を用いるわけではないから、いわば退屈以下のものだ。それでも、その退屈以下の趣味でさえもが、ベイリーの数少ない支えであり、かつ映画のストーリの伏線になっている。
▼ベイリーの父親は、半同棲中の恋人と、金もないのに結婚式を挙げるという。それに反発したベイリーは、出席しないと宣言する一方で、異母兄のつくる自警団に入れてくれと頼むが相手にされない。自警団というのは、虐待が行われている場所を少年たちが集団で襲撃するために、結成された組織だ。遅れてきたギャンググループといえないこともないし、だから少女は入れてもらえないのかもしれないが、力及ばずとも自分たちの年下の仲間を守る組織という意味では、どこまでも受け身ではない労働者予備軍の少年たちが必然的に引き寄せる集団として、肯定的に描かれている。
▼自警団に入れてもらえなかったベイリーが野外で夜を明かすと、バード(フランツ・ロゴフスキ)と名のる変わった男がいた。バードは両親を探していると言い、手がかりの住所が書かれた紙片を見せる。そこは、かつてベイリーの実母ベイトンが住んでいた集合住宅だった。実母が知っているかもしれないと考えたベイリーは、一緒に実母を訪ねる――
▼このあたりから、現実が夢(ファンタジー)と混淆しはじめることになる。実母ベイトンの恋人の男性は虐待者だったから、ベイリーは自警団に襲撃を頼むとともに、異父妹弟を守るため彼らを海へ連れ出す。しかし、男性は襲われておらず、帰ったベイリーとベイトンに暴力を振るう。そこに、いなくなっていたバードが異形の姿で登場する。
▼他方、異母兄のガールフレンドが妊娠し、両親によって2階の部屋に閉じ込められてしまう。異母兄が、閉じ込められたガールフレンドと連絡をとるため用いたのは、手紙という古典的方法だった。手紙は2階の窓近くを飛んでいたカラスによって届けられる。手紙には一緒にスコットランドへ逃げようと書いたが、駅にガールフレンドは現れなかった。代わりに現れたのは、結婚パーティを中座した父親だった。「お前は14歳だ、いない方がいいくらいの奴だが愛している、自分は14歳でお前の親になったが後悔していない」と父親は語りかけた。もっとも、それもベイリーと異母兄のファンタジーかもしれない。




