佳作だが何故ニュージーランド?:「ケナは韓国が嫌いで」
Vol.104 更新:2025年4月13日
▼通勤時間の長さ、自殺率の高さ、学歴格差社会。これらによって特徴づけられる現在の韓国社会から脱出し、映画「ケナは韓国が嫌いで」(チャン・ゴンジェ監督)の28歳女性ケナ(コ・アソン)は、ニュージーランドへ渡る。映画としてはそれなりに佳作だが、しかし何故ニュージーランドなのか。
▼たしかに韓国の自殺死亡率は世界一高いが、若者に焦点を当てると、ニュージーランドが頭抜けてワーストワンだ。ちなみに、映画の原作小説(『韓国が嫌いで』)では行き先がニュージーランドではなくオーストラリアに設定されているが、事態はかわらない。具体的に記せば、10歳代と20歳代ではニュージーランド>オーストラリア>韓国、30歳代ではオーストラリア>ニュージーランド>韓国の順だ。つまり、自殺死亡率で見る限り、ニュージーランドやオーストラリアは、決して韓国よりも暮らしやすい国ではない。(もっとも、日本はいずれの年齢層でも韓国よりは自殺死亡率がやや高いが。)
▼格差社会についてはどうか。近年のジニ係数を見ると、韓国が0.324、ニュージーランドが0.320、オーストラリアが0.318と、いずれも3を超えていて、格差が大きいことがわかる。(もっとも、日本は0.338で更に高いのだが。)やはり、格差社会という点でも、ニュージーランドやオーストラリアは、韓国と同程度に暮らしにくい国だ。
▼そう考えてくると、ニュージーランドを目指す説得力のある理由は、せいぜい寒い土地から暖かい土地への脱出といったあたりにしか求められない。だから、ニュージーランドへ脱出したケナが、ただちに「幸せ」をつかめるはずもない。一見つかんだようでも、ニュージーランドにおけるケナのコミュニケーションは、韓国人を含むアジア出身者たちの範囲か、そうでなければアルバイト先やシェアハウスのような場所でのパーティに限られているし、そこでも常に死者が身近にいることが暗示されている。
▼ケナは、公務員試験のため浪人を続けていた大学時代の友人男性キョンユンの葬儀に出るため、いったん韓国へ戻る。映画の終盤が近づくあたりで、カナは「私は空腹と寒さがしのげればそれでいい」と、キョンユンの幻を前に語る。他方でカナは、7年間にわたって付き合っていた男性と別れたあと、何人ものボーイフレンドと交際した。だが、結局、本音を語ることができたのは、キョンユンの幻だけだったのではないか。それゆえにか、カナは、再びバックパックを背に韓国を出ようとする。ほんとうに寒い韓国が嫌なのだろう。(ただし、このときに挿入される絵本『さむがりやのペンギン』のエピソードは、説明過剰というしかないが。)
▼最後に。この映画で最も私が印象に残った俳優は、カナの妹を演じたキム・シミンだった。シンガー・ソングライターで映画初出演らしいが、観客としてアマチュアバンドのライブで声援を送るシーンは、ありふれた情景でありながら目に焼き付いた。