本年最高の傑作:「ナミビアの砂漠」(+2024ベスト5)
Vol.101 更新:2024年12月14日
▼おそらく多くの人が本年最高の傑作として挙げる作品だろう。私もそうだ。半ば独立した個々のエピソードが、あえて断裂を残しながら繋げられている。そして、薄暗い画面の一部に鮮明な光源が浮かぶように撮られている。これらの中に、「少子化と貧困で日本はどんどん悪くなっていく」あるいは「パンダでもアリでもないパンダアリや猫でないウミネコ」といった、それほど必然性のない科白が挟みこまれ、音声にならない程度の笑いを誘う。「ナミビアの砂漠」(山中瑤子監督)のことだ。
▼カナ(河合優美)は、友人のイチカから、かつてクラスメートだったチアキの自死を知らされるが、「どのチアキ?」と尋ね返すくらいで、とくに感情が揺さぶられるわけではない。それでもイチカをなぐさめる意味もあって彼女をホストクラブに誘ったカナだったが、途中で店を出てクリエーターのハヤシ(金子大地)と会いキスを交わす。その後、泥酔したまま優しい同棲相手のホンダ(寛一郎)が待つアパートへ帰る。カナは、ホンダが出張中に風俗へ行ったことを口実に彼と別れてハヤシと暮らすが、喧嘩や怪我が絶えない――。
▼脱毛サロンで働くカナは、カナの職場の前に現れ復縁を懇願するホンダに対し、「中絶した、体は傷ついたよね」という言葉を投げつけるが、それは明らか嘘だとわかるように描かれている。ちなみに、カナはバックグラウンドを尋ねられると、中国系のルーツを持ち、大学入学のため来日したと答え、他方で年齢を尋ねられた時には21歳だと答える。おそらくこれらもほとんど全部が怪しい。
▼換言するなら、カナは着地しうる場所をどこにも有していないということだ。そういうカナにとって、スマホの動画に写された砂漠の風景だけが、例外的に安心しうる場所ということになる。画面を見ながら笑顔で「ニイハオ」と繰り返す(つまりそれしか中国語を知らない)カナにとって、しかしそこだけは嘘や怪しさを不要にするような、したがって喧嘩や怪我もまた不要になる唯一の場所だ。
▼この映画には、カナがオンラインで精神科医の診察を受けるシーンや、対面で心理士のカウンセリングを受けるシーンがある。そこに描かれた双極症やパーソナリティ症といった診断談義あるいは認知行動療法や箱庭療法の説明は、まったく余計なように見えるが、いずれも役立たないという意味でなら、挟みこむ意義がないこともない。つまり、被害や病気をもっともらしく語っても、別の女性がカナに言った「英語の勉強でもしたほうが役立つ」という助言を超えるわけではないという意味においてだ。
▼最後に、今年もソフトエコロジーでしかない評判作や、意欲作なのにつまらぬ意識高い系の科白でぶち壊しになった映画があった。そうではない作品から、この映評欄でとりあげたものを除く、本年のベスト5を記しておく。「ビヨンド・ユートピア脱北」「ゴッドランド」「あんのこと」「雨の中の欲情」「石暮探偵事務所File7」(御当地柳ケ瀬の自主映画)。