『今、苦しんでいる子どもの回復に求められる行政の取り組みとは』 〜昨年度の全国調査(インタビュー調査)から見えてきた課題〜
更新:2024年6月10日 寺出壽美子
2023年度に、日本財団の助成事業として西郷泰之先生と、『子育て世帯訪問支援事業(2024年度新規事業)の今後の制度設計・改善のための調査研究〜先行事業の養育支援訪問事業の課題抽出を通して〜』の全国調査を実施して、この3月には―「市町村間の『巨大格差』」と「こどもの心の回復」に焦点が当てられていない実態―の報告書をまとめることが出来ました(アンケート調査は西郷先生・インタビュー調査は寺出が担当)。 今、新宿「トー横」に不安と孤独を抱えた小・中学生が集まっています。家庭内で誰からも受けとめられずに生きることへの懐疑に苛まれている子どもたちです。自治体による支援の手は乳幼児と特定妊婦に集中していて就学後の子どもたちは放置されています。今、子どもたちの生存が危ないと訴えても、大人はピンと来ていません。物価上昇・円安進行・少子化問題が声高に叫ばれている中で、様々な事情を抱えて日々の生活に追われている大人には、子どもの心中にまで思いを馳せる余裕がないからかもしれません。 全国調査で見えてきたことは、要保護・要支援の子どもへの支援は僅かな自治体だけが熱心で、残りの自治体は少しだけ事業を実施しし、残りの2割の自治体は全く実施していませんでした。従って自治体によって子育て世帯訪問支援事業への予算配分・職員配置の格差は非常に大きく、厳しい状況の子どもたちのこころの回復の道筋は閉ざされたままであることが明らかとなりました。 アンケート用紙を回収後に、先駆的自治体10か所を選びインタビュー調査を実施しました。先駆的自治体では特定妊婦や産婦・乳児への支援は手厚く行われていました。また、3か所の自治体は就学後の子どもに対してもこころの回復まで熱心に関わり続けていました。ただ残念なことに先駆的・積極的自治体であっても、残りの7か所は乳幼児までを対象としており、小学生・中学生年齢の子どもへは殆ど手がつけられていませんでした。 こども家庭庁や都道府県自治体が不適切養育下の子どもに対して子育て世帯訪問支援事業を熱心に奨励していても、子ども・子育て支援に熱心な市町村自治体は積極的に事業展開していますが、子ども・子育て支援に熱心ではない多くの自治体はギリギリ最低線で実施か、もしくは未実施であることが分かりました。 一方、インタビュー調査で挙げてもらった15の成功事例のうち、12事例は子育て中の母親が気分の不安定を抱えていました。以前よりも不安定な母親が増えているように見受けられる中、当然のこと、同じ家庭で生活している子どもへの影響は大きく、乳幼児から就学後の子どもまで不安な毎日を送っていました。昨年の小・中学生の全国調査(国立成育医療センター)で、うつの小・中学生が10%おり、その調査した1週間に自傷行為をした・死にたいと思った小・中学生がそれぞれ10%以上いたという報告に、事態の深刻化が急ピッチに進んでいることの衝撃を受けています。 殆どの自治体は子育て世帯訪問支援事業の支援対象を特定妊婦・産婦・乳児と考えており、就学後の子どものこころの状態を把握するところまで追いついていません。児童虐待の中でも身体への暴力、ネグレクト、性虐待であれば早々と親子分離となりますが、児童虐待の約6割を占めている心理的虐待(昨年は12万9千件)の場合、多くは親を指導するだけで成人まで親と同居です。一緒に暮らすことは大切なことですが、親の心理的虐待は継続されることが多く、その親子関係が成人するまで続きます。その上、子どもは親からの心理的虐待が原因で自身が生きづらくなっているとは自覚出来ずに、自身の性格の弱さ故に自傷行為やギャンブル、薬物依存から抜け出せないのだと成人後も諦めの人生を送っています。 今大切なことは、虐待の中で軽く見過ごされてしまっている心理的虐待の子どもに対して、子どものこころの回復を図る事業を真摯に展開する時期だと考えます。G7の中で若者の死因の1位が自殺の国は日本だけです。ユニセフ調査で子どもの幸福度を調べたら、「心の健康度」について日本は38か国中、37位でした。子どもは大人に心配をかけまいと元気そうに振舞っていますが、実は心の中では苦しんでいるということを知っておく必要があります。大人も実は苦しい心中を隠して生きていることが多いわけで、子どもも大人も同じです。 生まれて来なければよかったと苦しんでいる子どもを前向きに生きていこうと方向転換できるのは人の力です。今回の調査で数年〜4・5年間、支援員が子どもを訪問すると、子どもは支援員の訪問を毎週心待ちするようになり、やがてしっかり受けとめられたと感じると自立していく事例を幾つも聴くことが出来ました。特に一緒に遊ぶことは子どものこころの解放にとても有効です。今後は子育て世帯訪問支援事業の対象を就学後の小・中学生年齢まで拡大することと、子どものこころの回復まで数年間、関わり続けることだと考えています。 少年事件を起こした少年の背景にも児童虐待の傾向が見えています。家庭内で受けとめてくれる大人がいなければ、乳幼児・小学生年齢から子育て世帯訪問支援事業を開始して、親以外の大人と出会いこころの回復を促していけば、事件化まで進まずに済むでしょう。また、気分の不安定な母親へは保健師等の回復支援を同時に進めていくことも大事なことだと思います。 どんな地域のどんな状況を抱えた家庭で育とうとも、生涯を安定して生活が送れるように、全ての子どもが子ども時代を子どもの権利の主体として命を守られ成長できることを国が保障していかなければと思っています。当協会は24年間、ケアワーカーの子育て世帯訪問支援と、不登校・ひきこもりの子ども・若者へのユースワーカー訪問支援と、少年事件を起こした少年への立ち直り支援それぞれで、子ども・若者一人ひとりのこころの回復支援に傾注して来ました。死に急ぐ子どもたちに対してどうしたらストップを掛けられるかを考えつつ、今後も活動を継続して行きます。