『今、苦しんでいる子どもの回復に求められる行政の取り組みとは』 〜昨年度の全国調査(インタビュー調査)から見えてきた課題〜
更新:2024年5月10日 寺出壽美子
子どもの自殺者数が510人代で高止まりしている。昨年の国立成育医療センターの全国調査では、うつ状態の小・中学生が1割おり、直近1週間に死にたいと思った、自分の身体を実際に傷付けた、が共に1割以上もいたと発表された。直近1週間以内に10人に1人以上の小・中学生が切羽詰まった状態にいるというのは、ただごとではないと思う。日常接している子ども・若者も、親に心配をかけまいと隠れて自傷行為をしている。既に10代で生きるネルギーが枯渇しているのだ。不登校の小学生の増加に加えて、匿名子ども電話に、「どうしたら生きていたいと思えますか?」「私って生きていていいんですか?」と、似たような呟きが繰り返されている。知らぬは親、先生…、大人ばかりである。 一方で、昨年度の養育支援訪問事業育児・家事援助全国調査(アンケート調査回収数208、回収率43%)から先駆的自治体を10か所選んでインタビュー調査した。そこから見えてきたことの第一は、気分の不安定な母親が激増していることだった。インタビューした成功事例15事例のうち12事例が気分の不安定な母親の事例であった。当協会で養育支援訪問事業を20年間実施しているが、現場でも気分の不安定な母親の増加を実感している。(統計では、1996年43万人から2008年104万人にうつ等気分障害の成人は増加している。) 不安定な母親の傍で毎日生活をしている子どもに焦点をあてて考えてみたい。弱い立場にいる子どもは不安定な母親の一挙手一投足を不安な気持ちで眺めている。毎日、その場その場を何とかやり過ごしている子どもは、家庭以外の場で「問題行動」を起こす、友だち関係で衝突する、不登校やうつ状態になる、大人びた対応でその場を収める、更に成長段階の脳に悪影響を及ぼしているかもしれない。 今、様々な境遇の子どもたちが見えてきて、これらの子どもたちを社会で育てていこうという機運が出ているにも関わらず、心理的に追い詰められている子どもの回復が子育て世帯訪問支援事業の最重要課題として各自治体に認識されていないことが今回の全国調査で明らかになった。子育て世帯訪問支援事業の主要な対象者は要支援・要保護の子どもである。これらの不安な状態にいる子どもの心理的回復にこの事業の焦点が本当に当たっているだろうか。昨年度のインタビュー調査で判明したことであるが、積極的な自治体では特定妊婦や産後うつの母親には手厚い支援が実施されていた。しかしながら、ヤングケアラーの子どもを除くと、以前から小・中学生年齢の子どもへの支援は少ない。不安定な母親は一時の激情で子どもを怒鳴ることが多く、結果として自傷行為や生きる気力を喪失した子どもが増えている。それにも関わらず、その不安で孤独な小・中・高の子どもの状態が現場では殆ど見えていない。多くの自治体では子育て世帯訪問支援事業の対象は乳児・幼児プラス母親と考えられており、さらに子ども支援と言いながら、実際には母親支援に重点が置かれている。子どもの人権や最善の利益・意見表明権は言葉として謳われているだけである。 母親在宅時に訪問を限定する決まりは何処にも書いていないのに、7・8割の自治体は母親在宅を訪問の条件としていた。不安定な母親に必要なのは学習ではなく休息であるが、母親の在宅時に訪問を限定している自治体の説明は母親に育児・家事を学習させるためだと、どこも同じ回答だった。母親が在宅の場合、子どもは第一に母親の顔色を伺ってから支援員と会話する。母親が不在の時の方が子どもは伸び伸びしており、子どもの精神的な回復には効果がある。子どもの精神的回復に最も大事なのは気に入った人とのおしゃべりや外遊びを含めた遊びである。現在、外遊びを禁止している自治体が非常に多い。また、不登校の子どもへの学習支援はあっても、子どもと遊ぶという支援は多くない。何もせずただ居ることも含めて遊びこそ子どもの精神的な回復に重要な要素であり、気に入った訪問支援員と出会えた子どもは数年間の関係性の中で明るさを取り戻し動き出している。 今回のインタビュー調査と一昨年度の東京都へのインタビュー調査の2回の先駆的自治体への事例調査から、同じ支援員の訪問を小・中学生の2・3年〜4・5年間継続したことで、子ども自身が元気になり高校からは通学するようになった事例が幾つも出て来た。 こどもの精神的回復に何より大切なのは直接にこどもと関わることと、けれども回復には時間を要することがこの調査から見えてきた。多くの心理的虐待を受けた子どもは薬物やギャンブル依存の発症まで放置されたままだが、今後は子ども時代に子どもと直接関わる訪問支援で精神的回復を取り戻して成人後は穏やかな人生を歩んでほしい。 もう一つインタビュー調査で明らかになったことは、訪問支援員への研修を実施している自治体が僅かだったことである。さらに研修内容はどこも判を押したように事業の意義・目的・方法に限定されており、研修内容として欠かせない成果目標に焦点をあてた研修は実施されていなかった。例えば、『生きづらさを抱えた子どもの心の回復を実現するには』『(不安定な精神状態の背景の理解と)保護者への関わり』『生きづらさの中にいる親と子どもの関係の修復』等、訪問支援員には自らの振り返りを通して子どもを受けとめる関わりを学んだ上で、訪問を開始してほしい。インタビュー調査した中で、市町村主催でなく都道府県主催で4日間午前・午後の研修を毎年実施しているところが1か所だけあった。訪問支援の現場を持っている市町村ではなく、現場をもたない都道府県単位で研修の企画・運営が進められると、訪問支援員自身に有益な研修を用意出来るのではないか。 母親の精神的な回復は別途、保健師を中心としたミーティング、様々なグループワーク、医療に繋げる等、子ども支援の子育て世帯訪問支援事業とは別のプログラムを立ち上げることで、今後の行政の課題は、育児・家事支援に訪問支援員が子どもと遊ぶ支援を加えた子育て世帯訪問支援事業と、別途母親支援プログラム事業と、その両輪の取り組みを同時に進めていくことである。