「埼玉戸田市’23.3.1少年事件と神戸の’97少年事件」 〜生きづらさを抱えた子どもたち〜
更新:2023年3月13日 寺出壽美子
子ども・若者の死因の1位が自殺という国はG7 7か国の中で日本だけであると何年も前からニュースになっていますが、この問題には政府もメディアの反応もずっと薄かったのに子どもの出生数が80万を割ったというニュースには大騒ぎです。 コロナより前から子ども・若者の生きづらさはずっと深刻でしたが、コロナによって確実に生きづらさは増加しています。大人も生きづらさが増していますから、そのはけ口が子どもに向いてしまっても大人は自分のことだけで精一杯で自らが加害者になっていることにすら無自覚です。特に経済的困窮は確実に家庭の中の弱者である子どもの居場所と精神的な安定を奪っています。 今、子どもたちは声なき声を上げられない中で、親に隠れての自傷行為が激増しています。高3で中退した女子高生は、「友だちもみんな学校に行きたくないと言ってるけど、休んだら人生終わりだから頑張り続けるしかないと言っている」、と。別の中学生は、「勉強も人間関係も遊びも全部頑張ってきた。もう疲れたから終わりにしたい」、と。生きていることが辛くても、周りの友だちも同じだという諦め、努力しても努力しても報われない苛立ちの中でいじめが増え不登校が増加することは必然です。それにも関わらず何も変わらない学校。 この協会を立ち上げて23年間この酷い現状を訴えて来たつもりですが、養育支援訪問事業ひとつとっても、子どもの精神的回復に本腰を入れて取り組んでいる自治体は僅かです。大人はどうしたら認識を変えることが出来るだろうかと考えているところで、戸田市の中学校舎で高校2年生が教員を切りつけるという事件が起きました。中学生が同級生を校舎内で切りつけるという事件もたて続けに起きて、どちらも相手は誰でもよかったと報道されました。ネコの死体のニュースも加わり、1997年の神戸の少年事件が引き合いに出されています。 神戸の事件の時にも感じたことですが、事件はひとりの個別の問題として突発的に起きるのではなく、その時代の社会背景や人間関係のあり方の問題を炙り出す形で発生してくるのだと思います。当時の事件後に出版された関係者が執筆した本や神戸の少年がその後に書いた「絶歌」から、もし神戸の少年が異なる状況の中で生活していたら、或いは事件を起こすところまで追いつめられなかったのではないかと考えることがあります。記憶が不確かなところもありますが、1歳・2歳の2人の弟の兄である少年は3歳頃に膝が痛いと訴えて、医者から、「膝は悪くない。もっとお母さんはこの子を大事にみてあげて。」と言われます。小学校に上がる直前に引っ越した少年は祖母と一緒に暮らすようになりますが、当時、新居の居間で「引っ越す前の台所が見える、台所が見える」と、既に解離が起きていて、受診した医者から同じく、「もっとこの子のことを大事に見てあげて。」と、言われますが、診察は1回で終わっています。小学3年の時の作文で、彼は飼っている大好きな犬とその犬の親との早い別離をテーマとした小説を書いています。担任は彼の母親を悲しませないために最後の1行を消しゴムで消して返却したために、母親は少年の心のうちを分からずじまいでした。 小学5年の時に祖母が亡くなります。小学6年の担任には、「僕は人を殺してしまいそうで怖い。助けて!」と、SOSを発信しています。同じく6年のある日、最愛の淳君に対して少年は校庭で馬乗りになり殴っている現場を淳君の担任に目撃されてひどく怒られ、夕方少年は6年の担任と淳君の家に謝罪に行っています。中学2年の担任は神戸の少年と付き合っている級友を呼び出して、彼とは付き合うなと指導しています。少年はこもることなく、中2の冬から事件を起こします。これらのエピソードから、少年に対して幾つも大人が関るべき時期があったのではと思います。そのどのタイミングにおいても関わりは開始されず放置されたままでした。 「子どもはひとりで事件を起こすことは出来ない」ということばを聞いたことがあります。神戸の少年と関わる現場にいた大人はその都度、少年との関わりを問われていたのではないでしょうか。小さな幾つもの積み重ねの中で、人のこころは崩れて壊れていくのではないかと思います。また、自傷他害に子どもを追い詰めないためには休息すること、即ちこもることがどれだけ大切なことかと思います。にもかかわらず、こもることについては多くの人が否定的です。 今の時代、声を上げずに自らを追いつめている子どもたちの状況は第一段階です。彼らは頑張れない自分を自ら責め続けています。自らを追いつめた果ては自死に向かいます。或いは、さらに追いつめられ続けると、今度は自己にではなく他者に攻撃欲求が向かい、その結果、他害、即ち他者への無差別殺害欲求が高まって行くのです。 けれども、生きづらさを抱えたまま必死に生きている子どもに対して誰か傍で受けとめてくれる大人が登場して関わり続けてくれると、初めて子どもは安心して生きていくことが出来るようになります。 1昨年の養育支援訪問事業の調査研究の結果でも、子どもが精神的に回復するためには最低でも1年以上の関りが必要で、8年・9年と関わり続けてくれたお陰で精神的に安定を取り戻した子どもの事例もありました。 今、子ども・若者たちは危機的状況に突入しています。国・自治体は先ず子どもたちの現在の状況を認識することで今までの施策を一変して、子どもが安定して生きていける真に子どものための中身のある施策を実現・実行する時ではないでしょうか。