子ども・若者支援に思うことコラム

政府は方針を急変! 少年法 厳罰化の法案を通す動き!
〜18・19歳の検察官送致の範囲の拡大と実名報道の容認に変更〜

更新:2020年7月9日 寺出壽美子

 法制審議会では、2022年の民法改正に合わせて少年法の年齢を20歳から18歳に引下げようとこの3年間、審議してきました。しかしながら、少年事件を起こした少年の立ち直りに現場で尽力してきた元家庭裁判所調査官有志(292名)、元少年院院長有志(87名)、少年事件を担当した元裁判官有志(177名)、そして自由法曹団、日本女性法律家協会(裁判官・検察官・弁護士等)、日本弁護士連合会等からは年齢引下げに断固として反対であるとの声明が昨年から今年にかけて次々と発表されています。長年の経験で少年の立ち直りには保護的・教育的関わりこそが有効であると熟知している彼らは、このまま年齢引下げを放置することは看過出来ないと声を上げたのだと思います。元裁判官、元家裁の調査官、元少年院院長が定年後にお互いに声を掛け合って反対声明を発表するということは、異例のことです。このままでは将来に禍根を残すとの強い思いに突き動かされて、有志を募って声明書を法務大臣や法制審議会等に提出したのでしょう。この異例さ、異常さを先ず認識しなければならないと思っています。緊迫した状況の中、公明党が年齢引下げに反対であると表明したことで、今年2月、18歳年齢引下げ法案の国会上程は見送られました。

 少年の立ち直りには現状の少年法の関わりが有効であるとの公明党の考えが堅固で揺るぎないと判断した自民党が次に考えた策が、年齢を引き下げずに厳罰化の実を取る方策だったのではないでしょうか。現在もまだ法制審議会が継続している最中、突如18歳年齢引下げには手をつけずに、18・19歳に限り検察官送致の対象犯罪を広げることと、実名報道を容認する方針を6月24日、自民・公明両党の実務者協議において確認し、政府は急いで法案を通過させる段取りに入ろうとしているようです。法制審議会で甲案・乙案と揺れに揺れて来た18歳年齢引下げの審議を、今度は年齢を引下げず、けれども18・19歳年齢の少年を厳罰に処する道を実現させようとの魂胆が読み取れて、ただ唖然としています。今こそ、さまざまな団体や個人がそれぞれの立場であらゆる種類の方法を駆使して、この新たな動きに短期間のうちに反対の声を上げていかなければとの思いを強くしています。時間の猶予はありません。

 そもそも現在、少年事件が激減していること、さらに凶悪化した事件はずっと減少し続けていることをご存じでしょうか。私は、さまざまな機会に少年法引下げの危機的状況を訴えるようにしていますが、一番驚くことは、多くの方が現在も少年事件は多発していて、それも凶悪化していると認識していることです。日本で少年事件がこれだけ減少し続けていることは、本当に驚くべきことだと思います。世界の中でも高く評価されています。太平洋戦争後かなりの期間、少年事件は多発していましたし凶悪事件も続いていました。それが、子どもの数の減少を上回って少年事件が減少し、さらに再犯率も成人事件と比較して低くなっている背景には、家裁の調査官や少年院の教官、保護観察官による教育的・保護的関わりが徹底されているからだと思っています。試験観察中の家裁の調査官や少年院の教官とソーシャルワーカーである私は連絡を取り合うことで、彼らがどれだけ熱心に人間的な関わりに基づく教育、指導をしているかを知っています。親から捨てられた少年は少年院で出会った教官のことを、「生まれて初めて信頼できる大人と出会えた。」と、語ってくれました。また、別の少年は退院後に、「最も苦手だった作文や面接を繰り返し課されて当時は苦痛にしか感じていなかったけれど、今になってあの作文や面接を通して自分は考える力と感情を制御する力を身につけることが出来たんだ。」と語っています。少年院で毎晩つける日記を見せて貰ったことがありますが、どれも何ページにも及んでいて、それに対して宿直の教官のメッセージが添えられていて頭の下がる思いでした。というわけで、人は人の中で育つものであり、自分のことを理解して受けとめてくれる人にはこころを開き、自らを変えていくことができるのだと思います。人は罰によって変わるものではないのです。

 少年事件を起こす少年と起こさない少年は、どこが違うでしょうか。温かな家庭で愛されて育った子どもは事件を起こすでしょうか。事件が起きる度にメディアはその少年が生まれながらの極悪非道であるが如く書き立てています。責任の一端はメディアにもある訳ですが、少年自らひとりで事件を起こしているのでしょうか。少年事件を起こした少年の子ども時代は児童虐待下で育っている子どもが6割〜7割です。事件を起こした少年の世帯は母親のひとり親世帯が一番多く、当然貧困の中で育っています。50%以上が大学進学をしている現在、少年事件の少年は中卒か高校中退者が一番多いのです。子どもは親を選べませんし、家庭を選ぶことも出来ません。毎日、不安におののく中でしか生きられなかった子どもが思春期を迎えてさまざまな状況の中で少年事件を起こしたとして、その機会を捉えて少年の生き直しを図っていく場であるとは考えられないでしょうか。出来れば事件化する前の段階で、地域で一人ひとりの大人が関わっていけないでしょうか。全ての子どもが同じく温かな家庭で愛されて育っている訳ではありませんので、子どもは社会の中で育てていけたらと思います。勿論、今の少年法においても殺人や傷害致死等の事件を起こした場合は、大人と同様の刑事手続き、即ち検察官送致(いわゆる逆送)がとられています。逆送事件の少年に関わったことがありますが、裁判員裁判は少年にとって何のメリットもありませんでした。これ以上、検察官送致を増加させることは決して事件を起こした少年の立ち直りにプラスにはなりません。少年事件の少年の中で最も多い18・19歳の少年に必要な関わりは、繰り返しになりますが保護的・教育的な関わりであり、そこで立ち直った少年はその後の人生を真っ当に生きていくことが出来ています。
 
 もうひとつ、最近の脳科学の分野で新たに判明したことがあります。それは、人間の成熟する年齢についてです。人間の身体の成熟年齢は12・13歳で、知能の成熟年齢は18歳ですが、感情の制御や精神の成熟は25歳まで掛かるということが最近分かってきました。その結果、アメリカやヨーロッパでは少年法の年齢を反対に引き上げようとの動きが出ています(2014年オランダでは23歳に少年法を引き上げています)。この新たな知見からも年齢引下げは逆行していますし、20代前半まではまだ精神的な成熟に至っていない年齢ですから、その年齢にふさわしい関わりが求められると思います。日本の少年事件が激減して少年法がうまく機能しているのに、今、何故、厳罰化の方向で強行しようとしているのでしょうか。しかも、長い期間、現場で関わって来た担当者が異口同音に異例の反対の声を上げているにも関わらず・・。そもそも立ち直りの現場を知らない者は、先ず現場の方々からの生の声を聴いて学ぶことから、即ち制度・方法・結果のデータを精査してそこから問題点を抽出し、もし変更の必要ありと判断した場合には何をどのように変更するのか、予算と時間と人的配置等総合的な検討をしてから変えていくものだと思います。最初に結論ありきから出発しているこの議論は未来の日本の子どもたちを不幸にするだけです。国会議員の皆さんは少年の立ち直りについては素人なのですから、どうか長年現場で少年の立ち直りを専門的に従事して来られた方々の声に先ず真摯に耳を傾けてほしいと思います。

 推知報道についても、今まで上げてきた論点から、20歳未満については禁止を継続していってほしいと願っています。多くの方々の反対の声で、18・19歳の逆送の範囲の拡大と実名報道の容認の法案を踏み止められたらと思います。人は厳罰を科したら変わるというのは幻想です。自分のことを受けとめてくれたと実感した時に初めて人は変わることができるのです。どうか未来の全ての子どもたちのしあわせを一緒に考えて行きましょう。