子ども・若者支援に思うことコラム

コラム10万円給付―「東京新聞」2020年5月2日夕刊記事―虐待避難の子に届くか
〜子どもの給付先は子どもにというコンセンサス〜

更新:2020年6月8日 寺出壽美子

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、一律10万円の特別定額給付金の配布が決まり、世帯主に一律書類を郵送するとの発表がありました。リーマンショック後の2009年、麻生政権の1万2千円定額給付金配布当時、私は児童養護施設の施設長でしたので、施設で生活している子どもたちの多くに銀行口座を開設して子どもの通帳に入金することができました。しかし、一部の子どもの給付金は親元に給付されたと記憶しています。それは、同じ施設内で生活している子どもであっても児童相談所の分類により、住民票が移動していなかったからだと思います。児童虐待により児童養護施設で生活を余儀なくされている子どもたちが、児童相談所の分類によって子どもに給付されるか親元に渡ってしまうかが異なることに、当時、大いに疑問を感じました。今回は10万円という金額ですから、施設を巣立つにあたっての生活資金として大切な費用となることから、施設で生活している子どもたち全員に給付金が配布されるようにしてほしいと切実に願いました。

 更に、私の周りには、親の虐待から逃れて生活して来た複数の子どもたちがいます。彼らの生い立ちはさまざまですが、親からの虐待から逃れ、居住先を親に探されないように住民票を移動していない子どもたちも含まれています。DVから逃げている母子については、今回、母子に給付金がいくようにとその方法がニュースで流れていましたが、児童虐待から逃げて住民票を移さずに生きている子どもたちのことは見過ごされていると感じましたので、この問題と先の児童養護施設内の子どもが分類によって給付先が異なることの問題について、4月に数社の新聞社に現状をアプローチしてみました。以下に掲載してありますが、東京新聞が記事として取り上げてくれましたので、是非、ご高覧いただけたればと思います。

 今回もうひとつ気に掛かっていたのが、一時保護中の子どもたちの給付金の行先でした。一時保護所というのは、児童相談所で先ずは一時的に親子分離して、最長2か月内で子どもや親、その他への調査をして、その後の子どもの生活の場をどこにすることが子どもにとってよいのか検討する期間、子どもを親から隔離して生活する場です。2か月以内とは決められていますが、1年近くも保護所で生活している子どももいます。一時保護所内での虐待が取り上げられることもあります。一時保護中の子どもは前回までは子どもの住民票が移動していない為に世帯主に書類が送られ世帯主が受け取っていました。今回の給付金は是非、子どもと共に給付金もついて行ってほしかったので、児童相談所やメディアの知り合いに厚生労働省に問い合わせや調査の依頼をお願いしていました。

 どのような経緯からかは分かりませんが、遅まきながら5月20日付けで厚生労働省から各都道府県児童相談所宛てに通達が出されたとの新たな情報を得ました。通達の内容は、2か月を超えて一時保護所で生活している子どもに対しては本人が希望すれば本人に給付されること、また、2か月を超えていなくても、本人が希望して職員等の確認書があれば本人に給付されること、もし世帯主に既に給付されていたとしても、世帯主からは返金して貰い本人に給付されるという内容だと聞きました。4月27日の時点で住民票のある所を基準にすると聞いていますので、約1か月遅れでの対応は遅いとは思いますが、今まで一時保護所の子どもについては行先如何に関わらず世帯主が受け取っていたことを考えますと、今回の厚生労働省の決定には初めかなり驚きました。けれども通達がどれだけ徹底されたかについては聞くところによりますと様々なようで、ある県の中央児童相談所は厚生労働省からの通達について外部からの問い合わせがあるまで気づいていなかったということです。又、多忙な日々の職務の中で親身な職員でなければそもそも給付金の相談に乗ることが困難だと思いますし、さらに「本人が希望すれば」という項目については、乳幼児や小・中学生がどれだけ給付金自体を知り得ているのか理解できているのかを推測しますと、単に既成事実を残すためだけの穴だらけの内容ではないかと思えます。もし子どもへの給付を真剣に実施しようとの意気込があるのだとしたら、通達の内容は違うものになっていたのではないでしょうか。是非、厚生労働省は、今回の5月20日付け通達の結果、一時保護所にいたどれだけの子どもの所に給付金が配布されたかその割合や、各都道府県の一時保護所職員がどれだけ子どもたちに給付金について周知を諮ろうとしたか、確認書作成に熱心に関わったかの追跡調査をしていただきたいと思います。メディアの方々もよろしくお願い致します。
 
 今後も給付金の配布は予想されますので、一括世帯主に給付するという申請システムは今回限りで終了して、今後は、成人は個々人への配布を原則とすることは勿論ですが、問題は、子どもの場合についてはどうしていくことが一番いいのか今から議論を開始する必要を感じています。さまざまな意見があるかと思いますが、原則論としては、出生したゼロ歳児からその子どもに給付されることが本来であると思います。今はマイナンバー制度が開始され全ての人にマイナンバーが付けられていますから、給付先はゼロ歳児であってもその本人に配布されるシステムに転換していくことが原則だと思います。マイナンバー制度の問題点はあると思いますが世帯主に家族一括してまとめるという旧態依然の制度と較べてみて、私はマイナンバー制度を選択したいと思います。又、マイナンバーと銀行口座情報をひもつけにすることの議論が開始されていますが、銀行口座と繋げるかどうかの議論とは別の議論だと考えますので、年齢に関係なく一人ひとりの個人に対しての給付であることを原点として考えて行きたいと思います。安定した家族の場合は問題ないですが、虐待を受けている子どもにとっては、ゼロ歳児であっても給付先はゼロ歳児に行くというコンセンサスが必要だと思っています。選挙用紙の配布先や確定申告時等に未だに世帯主となっている時代錯誤、陳腐さ加減が今回の給付先問題で透けて見えて来たのではないでしょうか。

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東京新聞 2020年5月2日夕刊掲載記事
<コロナ緊急事態>虐待避難の子 届かぬ恐れ 世帯主申請原則の10万円給付

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う経済対策で、一律十万円が配られる「特別定額給付金」。一部の自治体では手続きが始まっているが、世帯主が家族分を申請する仕組みのため、児童虐待防止に取り組む関係者からは「虐待から逃れた子どもへの配慮が抜けている」という声が上がっている。 (浅野有紀)

 母子家庭で育った関東地方出身の男性(20)は、幼いころから食事を与えられないネグレクト(育児放棄)家庭で育った。「おなかがすいた」というと、たたかれた。暴力がエスカレートした高校時代のある日、友人宅へ駆け込み、児童相談所に一時保護された。だが、入所できる施設は見つからず、一時同居していた里親家庭からの通学も難しかったため、仕方なく家に戻った。
 高校卒業後、行き先を告げずにアパートを出た。人づてに母親が自分を捜していると聞き、一年間は住民票を移さなかった。
 今回の給付金は世帯主が一括申請すると聞き、ショックを受けた。「頼れる大人がいない子どもたちに、給付金が届いてほしい」。十九歳になって住民票を移した自分は申請できるが、以前の自分と同じ境遇の子どもの姿が浮かぶ。「『住民票移してないんでしょ』と役所から言われたら、逃げ場がない。家から逃げた子どもは、暗闇にいるから『手を差し伸べられません』と言われているみたい」
 日本子どもソーシャルワーク協会(東京)の寺出寿美子理事長は「親から隠れて一人で暮らす子は私が知るだけでも複数人いるから、全国にはもっといる。そういう子ほど現金が必要」と訴える。
 今回の給付金では、配偶者からドメスティックバイオレンス(DV)を受け、住民票を残したまま別居している被害者は、自治体窓口に申告すれば給付金を受け取れる。同様に、児童養護施設に入所している子どもの場合、住民票を移していなくても本人もしくは施設側の代理申請が認められる。それでも関係者に不安は残る。
 日本子ども虐待防止学会理事の西沢哲・山梨県立大教授は、リーマン・ショック時に定額給付金が支給された時、代理申請をした施設に親から苦情が来たり、「子どもを引き取りたい」と要求されることがあったといい、今回も混乱を懸念している。「親の同意なく入所する子どもは増えている。世帯ごとの支給制度は現代の家族のあり様にそぐわない」と指摘する。

東京新聞:<コロナ緊急事態>虐待避難の子 届かぬ恐れ 世帯主申請原則の10万円給付