子ども・若者支援に思うことコラム

少年法 18歳年齢引下げに反対

更新:2019年04月19日

 2019年4月9日、日本弁護士連合会主催による少年法の適用年齢引下げに反対する院内集会が、参議院議員会館で開かれました。
 今まで法制審議会で議論されて来た概略の報告が山崎健一弁護士からあり、更に、@現行少年法が有効に機能している中で、現在、法制審議会で検討中の新たな対応策が対象者の立ち直り・再犯防止において十分と言えるのか、A民法の「成年」年齢に合わせて「少年」の年齢を引き下げる必要があるのか、という2点を課題として提起されました。
 私どもの協会の理事でもあり、日本児童青年精神医学会の木村一優医師からは、少年事件を起こす少年の背景には、ひとつは発達障碍であることに気づかずに誤った関わりや環境下に置かれたこと、もうひとつは児童虐待下にあったこと、これらの被害体験が少年事件を引き起こすのだということにもっと着目すべきであると話されていました。
 ソーシャルワーカーとして長らく少年事件を起こした少年と関わって来た私の体験からは、少年事件は少年自らひとりで引き起こすことは出来ないと以前聞いたことがありますが、子ども時代に受けた被害が今度は加害行為として発現しているのだと実感しております。
 特に少年事件を起こした少年たちと出会ってみて感じることは、誰ひとりとして世の中で思われているような凶悪化した少年像からは程遠く、事件を起こしていない少年たちと何ら変わらない少年ばかりです。逆に、その他の少年たちであっても、事件を起こした少年と同じような境遇の幼年時代、子ども時代を送っていたとしたら、事件を起こしている可能性が十分にあると考えられます。また、酷い境遇の子ども時代を送ったにも関わらず事件を起こさない少年もいるではないかという反論に対しては、その少年は生い立ちの何れかの時期にその少年を受けとめてくれる人物との出会いが必ずあり、その人物から受けとめられて来たからに他なりません。
 18歳、19歳で少年院に入った少年たちは、面会や手紙のやりとりを通して、彼らの内面に抱えているさまざまな悩みを吐露して来ますが、結局行きつくところは親との関係です。約1年前後という時間と閉鎖された空間の中で、自身を見つめ、自身の生い立ちを振り返り、さまざま生起して来る葛藤と闘いながら、今まで悩みだと思われていたことを自ら整理して行き、新たな人生のスタートを考えることが出来るところまで変容して行く姿を今までどれだけ観て来たかしれません。事件を起こしてしまったことも、実は、事件そのものを起こしたくて起こしたのではなく、親子関係の破綻や理解してくれない焦燥感が自暴自棄の道や、知らず知らずのうちに仲間と思えるひとたちに惹きつけられて行った結果として事件化することが多いように思えます。対立関係にある親子の関係を解きほぐしていくための時間としては、1年という時間は必要な時間かもしれません。ソーシャルワーカーが間に入ることで、まず少年の気持ちに耳を傾け、その上で親に対しては子どもの気持ちを翻訳して伝えることが出来ますので、ソーシャルワーカーは親子の関係性の改善の仲立ちに寄与出来ているように思っています。
 法務教官も熱心に関わって下さっています。少年の中には、最初のうちは担当の法務教官についての苦情が多くてどうなることかと見ていたところ、退院間近になると、教官が親身に関わってくれて感謝していると評価ががらりと変わって来たこともあります。
 という訳で、18歳、19歳という時期は少年にとっては貴重な時期であり、少年が持っている柔軟さ、可塑性を現場で実感している者として、少年法適用年齢引下げは到底、考えられない判断です。子どもは、自ら自身の成育環境も親も選ぶことは出来ない訳ですから、負の要因を背負ってしまった子どもの生き直しの時間の確保のためには、逆に20代半ばまで引き上げてもらいたいとさえ考えます。
 以上、現在、法制審議会で議論されている少年法適用年齢引下げに対しては反対であること、そして審議会のメンバーの方々には、是非、少年事件の立ち直りに関わったひとや立ち直った少年の声に耳を傾けていただきたいと切に願います。現在、うまく機能している少年法であるにも関わらず、民法の年齢が18歳に引下げられたからという理由で、少年法の年齢まで一緒に引き下げてしまおうという考えは無謀な判断ではないかと私は考えています。(寺出 壽美子)